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私が写真を撮る理由。それは写真を通じて変化しつづける現実を理解したいからです。私は典型的な日本らしさをそこに追い求めるものではありません。むし ろ、自分のまわりにある「対象」をじっくり観察し、自分の撮った「記録」が、これまで持っていた日本に対するイメージにどのように影響を与えるものである かを知りたいのです。
撮影し、現像し、出来上がった写真が一体なにを私たちに伝えようとしているのかを、あらためて考えてみたいと思います。このことに関しては、まだ私は はっきりと答えが出せていません。また、その答えを見つけることが最終目標でもありません。写真を撮ることを通じて、その答えを探すということに意味を見 出したいのです。
今回、私が制作した写真は、なにを伝えようとしていると思いますか? 日本、写真、そして私とはなにか、すべてつながっていくものです。普段、私の頭の中にあるそうした概念を個別に取り出して(テーマとして)写真を撮るなど ということはできません。ストリートで直感として、あるいはなにかに「感動」して写真を撮る。日本で写真を撮り始めた当初は、そうした純粋なイメージを 持っていました。しかし、写真の中に「自分」など写るはずもない、また、そうすべきではないと思いはじめていることに気づきました。プリントイメージの中 に、私は時として偶然の「影」として写り込んだりします。あるいは、ショーウインドウの中に反射され写り込むこともあります。また私の目線(身長にのよ る)の高さが、距離感やパースペクティブに影響を与えたりもします。それらこそが、私が今いるこの国・日本がどう見えているかの実感であり、現在そのもの の「記録」なのです。
「The Difference Between 」。 カメラ以外に、私と日本の間にあるものは何だろうか。私の興味は、写真の持つそれぞれの「意味」や「答え」ではなく、その写真が語りかけてくる現実への 「問い」としてそこにあります。